歴史好き必見!予約型観光タクシー『戦国武将ゆかりの地めぐり』
近江タクシーでは、「戦国武将ゆかりの地めぐり」と題して、滋賀県の戦国武将とゆかりの地を巡る予約型観光タクシーを販売しております。
織田信長や豊臣秀吉をはじめ、滋賀に縁の深い「戦国武将」と「御朱印」をキーワードに全部で12コースを設定しております。
所要時間:3時間

信長の館には1992年に開催されたスペイン・セビリア万博へ出展された原寸大の安土城天主(5・6階)が展示されています。 内部には当時信長が狩野永徳を中心に描かせた「金碧障壁画」、金箔10万枚を使用した外壁、金の鯱をのせた大屋根など絢爛豪華な安土城がここに復元されています。(内藤 昌 復元 近江八幡市蔵)

織田信長が天正4年(1576年)丹羽長秀に命じ、約3年の歳月をかけて完成した安土城。 山の中腹に見える三重塔は三間三重の塔で屋根は本瓦葺きとなっており国の重要文化財に指定されております。
※実際の走行ルートとは異なる可能性があります。
所要時間:3時間

本堂、鐘楼、惣門が重要文化財。 伊吹山にあった観音護国寺が、正元年中(1259-60年)に現在地に移転して、大原荘の地頭・大原氏の保護を受けました。

安土桃山時代、大坂夏の陣で豊臣家が滅びると、徳川幕府は神社を取り壊すよう命じました。長浜の町民は、秀吉の遺徳を偲んで、商売の神様である恵比須神を前立に、奥殿に秀吉像をひそかに祀り建立しました。

豊臣秀吉が城主として過ごした長浜城は、江戸時代前期に廃城になり、遺構は彦根城や大通寺に移築されました。昭和58年(1983)に安土桃山時代の城郭を模して「昭和新城」を復元されました。
所要時間:3時間

彦根駅の北側、佐和山(232.5m)にある城跡です。近江守護佐々木氏によって築城され、石田三成が佐和山城主となってから、5層の天守を構え、鳥居本を大手とする立派な城だったといわれています。

佐和山城の大手門を移築したとされる「赤門」と呼ばれる朱塗りの門があり、これは元禄の大火で唯一焼け残ったものです。また本堂は江戸時代中期に長浜城付属御殿を移築したものです。

彦根城のお堀にかかる京橋からすぐ。白壁と黒格子の町屋風に統一された街並みは江戸時代の城下町をイメージしています。和菓子屋、洋菓子屋、地元ならではの商品を扱うお店が軒を並べます。
※実際の走行ルートとは異なる可能性があります。
所要時間:3時間

近江八幡のシンボル「八幡山」山頂から市街地までを結ぶ全長 543m のロープウェー。山頂からは四季折々の琵琶湖、西の湖、安土城址、旧城下町近江八幡が見渡せます。(画像内出典:(公社) びわこビジターズビューロー)

八幡堀(はちまんぼり)は、戦国時代に造られた滋賀県近江八幡市にある人工の水路。八幡堀の水運によって町は発展し、近江商人を生みました。幅員約15メートル、全長6キロメートルに及びます。
※実際の走行ルートとは異なる可能性があります。
所要時間:3時間

文禄元年(1592)名護屋陣に向かう途中、中山道武佐の宿より郷土日野を望み、「思ひきや 人のゆくへぞ定めなき わがふるさとを よそに見んとは」の歌を詠む氏郷の姿を写した像です。

日野城の城下町として蒲生氏によって築かれた日野は、豊臣秀吉によって伊勢松坂に諸領替えになった蒲生氏郷が去るまで城下町として栄え、その後、町民は日野椀や売薬による行商に活路を見いだし、商人の町として栄えていきました。 現在でも通りに面して建てられた家並みがのこぎり歯の形をしているなど、戦国時代の城下町としての面影を多く残しています。町の各所に商人たちの家も古い町並みとして残っています。
※実際の走行ルートとは異なる可能性があります。
所要時間:3時間

戦国大名藤堂高虎ふるさと館「和の家」は、滋賀県甲良町の伝統的な古民家を修復し、“かわと”と“おくどさん”を復活させた交流拠点施設です。飲食の提供はもちろん、京都国際マンガミュージアムにご協力いただいた藤堂高虎や滋賀県ゆかりのマンガ閲覧スペース、農業体験、レンタルスペースなど、幅広く親しんでいただけます。

※実際の走行ルートとは異なる可能性があります。
所要時間:3時間

姉川の合戦は、浅井・朝倉軍約1万8千人と織田・徳川軍約2万8千人が、壮絶な戦いを繰り広げ、姉川は戦死者の血で真っ赤に染まったといわれています。

北近江を支配した浅井氏と、その居城である小谷城をメインテーマにし、浅井長政、お市の方の肖像画などを展示しています。

戦国大名浅井三代の歴史と浅井三姉妹の波乱の人生を、ゆかりある武具や資料などで分かりやすく展示し、浅井の伝統的なくらしや歴史・文化を学べる資料館です。
※実際の走行ルートとは異なる可能性があります。
所要時間:3時間

井伊直中が、腰元若竹の不義をとがめ罰しました。その後相手が自分の息子とわかり、自分の過失を認め、腰元と初孫の菩提を弔うために創建したといわれています。

井伊家の菩提寺で、本堂裏の高台には歴代藩主の墓所があります。寺地は石田三成の名家老といわれた島左近の屋敷跡で、島左近邸のときからのタブの老木も残っています。

天守は大津城から、天秤櫓は長浜城から移築し20年の歳月をかけて築城されました。井伊家の居城で、天守は国宝に指定されています。
※実際の走行ルートとは異なる可能性があります。
所要時間:3.5時間

安土桃山時代、長浜城主であった豊臣秀吉に男子が生まれました。喜んだ秀吉は、城下の人びとに砂金を振る舞い、町民がこれをもとに曳山をつくり長浜八幡宮の祭礼に曳き回したのが始まりといわれています。江戸時代曳山を所蔵する各山組は競って曳山を改造し、豪華な装飾品を用いるなど贅をつくしました。現存する曳山はその頃につくられました。(画像内出典:(公社) びわこビジターズビューロー)

大通寺は真宗大谷派(東本願寺)の別院で、正式には無礙智山大通寺(むげちざんだいつうじ)といいますが、一般的には「長浜御坊」や「ごぼうさん」の名で親しまれています。総欅造りの山門をくぐると、そこは桃山文化の世界。本堂や大広間は、伏見城の遺構と伝わる重要文化財で、絢爛豪華な桃山文化を随所に垣間見られます。
※実際の走行ルートとは異なる可能性があります。
所要時間:3時間

琵琶湖の東部に点在する「近江七福神」の一寺院。太尾山西麓にある禅刹は、バサラ大名で有名な京極道誉が自ら書き写した経典を納めて御堂を作ったことが始まりと言われています。
江戸時代初期、井伊家欅御殿の楽々園の作者「香取氏」によって造られた枯山水の庭園は、国の名勝に指定されています。
(画像内出典:(公社) びわこビジターズビューロー)

南北朝時代、足利尊氏の寝返りにあって鎌倉へ落ち延びる途中、京極道誉に阻まれて進退極まった北条仲時以下 432 人が自刃。
流れ出た鮮血で、辺りは川と化したといいます。
仲時 28 歳ほか、6 歳の子供から 60 歳の高齢者に至るまでの名を記した過去帳は、国の重要文化財に指定され、寺の裏には彼らの墓が寄りそうように並んでいます。
堂宇は、室町時代に応仁の乱の余波を受けて再び焼失したため、戦国時代に再興されています。
(画像内出典:(公社) びわこビジターズビューロー)
※実際の走行ルートとは異なる可能性があります。
所要時間:3時間

龍潭寺の歴史をさかのぼると、天平5年(733年)に行基菩薩によって遠江国浜名湖井伊谷に開創されたと伝わる。井伊家の始祖である井伊共保がこの寺に葬られ、以降は井伊家の菩提寺となった井伊家との深いゆかりを持つ寺です。

古くから「お多賀さん」の名で親しまれる滋賀県第一の大社です。日本最古の書物「古事記」によると、この両神は神代の昔に、初めて夫婦の道を始められ、我国の国土、続いて天照大神をはじめとする八百万の神々をお産みになりました。
※実際の走行ルートとは異なる可能性があります。
所要時間:3時間

長命寺は、滋賀県近江八幡市にある寺院。山号は姨綺耶山(いきやさん)。西国三十三所第 31 番札所。天台宗系単立。聖徳太子の開基と伝えられています。

八幡堀(はちまんぼり)は、戦国時代に造られた滋賀県近江八幡市にある人工の水路。 八幡堀の水運によって町は発展し、近江商人を生みました。 幅員約 15 メートル、全長 6 キロメートルに及びます。
※実際の走行ルートとは異なる可能性があります。
| 所要時間 | 普通車 | ジャンボタクシー |
|---|---|---|
| 3時間 | 17,100円 | 25,900円 |
| 3.5時間 | 19,950円 | 29,600円 |
| 延長料 | 30分迄ごとに2,850円 | 30分迄ごとに3,700円 |
2025年9月12日現在の税込料金です。
TEL:0749-24-0106
FAX:0749-22-1112
(平日 8:30~17:30)