紅葉の名所としても広く知られている琵琶湖の東に位置する湖東三山は、 龍應山「西明寺」、松峰山「金剛輪寺」、釈迦山「百済寺」の三山からなり、 この新緑の季節にも鮮やかな緑をうかがう事ができます。ぜひ、この新緑の湖東三山を巡るに旅に近江鉄道をご利用ください。

平安時代、仁明(にんみょう)天皇の勅願により三修上人が開山したと伝えられる天台宗の寺。 戦国時代には兵火のため荒れ果てていましたが、江戸時代中期に望月友閑によって再興されました。


奈良時代に聖武天皇の勅願により行基が開山した天台宗の寺院。本尊は行基の作と伝えられます。 また、源義経が義仲追討の武運必勝を願い太刀を寄進したり、北条時宗が佐々木頼綱に命じて元軍降伏の祈願をしたと言われます。 織田信長の焼き打ちによる焼失の難を免れた本堂大悲閣は、鎌倉時代の和様建設の代表とされ、国宝に指定されています。 三重塔・二天門も重文建造物。 また、江戸期作庭の庭は国指定の名勝庭園です。

重厚な石垣に覆われた「山城」の趣が漂う天台宗の寺院。 近江の最古級の寺院で、推古14年(606年)に聖徳太子が百済人のために押立山(771.8m)の中腹に百済国の「龍雲寺」を模して創建されました。 龍雲寺と百済寺のご本尊は、同一の巨木から彫られた「同木二体」の十一面観世音菩薩と伝わります。 開闢法要には、高句麗僧恵慈をはじめ百済僧道欽が仕え、暦を伝えた観勒も永く住したと言われている。 室町・戦国時代には度重なる兵火、とくに天正元年4月11日に信長の焼討を受け、ルイス・フロイスは『地上の天国:Facusangi一千坊』の消失を惜しんでいます。 江戸初期になって、井伊家、春日局(将軍家光育ての親)、甲良豊後守等の寄進を得て現在の本堂・仁王門・山門等が再建されました。 往時の姿は、「石垣参道」、棚田のような「一千坊跡群」、「千年菩提樹」などから偲ぶことが出来ます。
